純白花の遺伝  〜機能消失遺伝子、古典的メンデル型遺伝〜


 通常のオキナワチドリは各種の遺伝子を2つずつ(父親由来の遺伝子1つ、母親由来の遺伝子1つ)を持って
います。1個の遺伝子が壊れても、もう1個が正常に働いていれば、外見上は正常とほとんど見分けがつきません。

 遺伝子がいっぺんに2個とも壊れることは稀なので、正常な両親からいきなり純白花が出ることはめったにありま
せん。色の薄い花を選んで交配を続けても、「壊れた遺伝子」をもっていない系統からは、いくら選別しても純白花は
出現しないのが普通です。*
(*注:限りなく色が薄くても、色素が残っている花は、マニア的には「酔白」あるいは「ウルミ白」と呼んで純白とは区
別します。純白と酔白は色を薄くしている遺伝子が異なるので、両者を交配すると互いの特徴を打ち消しあい、有色
花ができます。)

 一方、(他の植物ですが)濃色個体を選んで交配選別していたら、純白花が出てしまった例が知られています。
これは、壊れて色素が作れなくなった遺伝子がたまたま2個そろってしまったため、遺伝的には濃色花なのに外見
上は白花になった例です。つまり、

 どんな系統でも、壊れた遺伝子を1ペア(2個)持った時には白花になる。

 ですから、たとえば大輪系統に純白花の「壊れた遺伝子」を移すことができれば、大輪純白花が作れます。
具体的にはまず大輪花と純白花の雑種を作り、さらにその子孫から大輪で白花の個体が出現することを期待しま
す。これがいわゆる「育種」という作業です。
 純白花になると、その個体が本来、遺伝的に持っている色の濃淡・斑紋などが消え、まったく見えなくなくなってし
まいます。
ですから純白花が目的の育種では、色彩は無視(*)して、花型だけに注目して交配相手を選べば良いわけです。

(*注:赤・紫系の色素や斑紋はすべて消失しますが、緑・黄色系の色素はそのまま残ります。
緑色が強く発色している花を交配親に使うと、薄い緑の花ができます)

 純白花の遺伝はいわゆる「メンデルの遺伝の法則」の典型例です。
赤花が優性、白花が劣性、雑種は赤花で、その孫は赤と白が・・というアレですね。
(何のことかわからない人は、検索すると詳しく解説しているサイトが大量に見つかります。)

つまり、大輪×純白の孫世代は赤:白=3:1の割合になる。
・・・と思ったら、それは沖縄名産の砂糖キビのように甘い。


[白馬(純白)×国頭の誉(大輪)]×セルフ
開花個体34本中、純白花は6本。出現率は6分の1に近い。
しかも純白花の多くが根元で息絶えだえに咲いており、生育良好な20本に限れば純白花は1本のみ。


 純白個体は標準個体より生育の劣る場合が多く、とびぬけて良く育っている株を選んで鉢に集めると、ほとん
ど全部、有色花が咲きます。無選別で寄せ植えにしておくと、純白花が競争に負けて消失することもあります。

 植物の育種では、あえて虚弱な株だけ選んで育てることで、変異個体の出現率を高めるという選別がしばしばおこ
なわれます。しかし、もともと育てやすいとは言えないオキナワチドリでそういう選別をしたら、おそらく普通の人には
生かしておくことさえ難しい個体ばかりになってしまうでしょう。

 筆者は「育てやすくて丈夫」という性質を重要視しているので、純白花の出現率を犠牲にしても、ある程度は育ちの
良い個体を選んで育てています。そうすると交配親にもよりますが、100本のうち5本ぐらいしか白花が得られないこ
ともあります。本当は発芽した個体を全部育てられれば一番いいのですが、個人趣味家の育てられる数には限りが
あります。

 繰り返し白花と交配する「戻し交配」をすれば白花の出現率を高めることができますが、そうすると花型などの改良
が進みません。
いずれにしても、一世代に3年として3世代で9年。ある程度の結果が出るまでには・・気が遠くなります。(汗)


 花型や花の大きさにはこだわらない、白花であればよい、というのであれば、純白花を自家受粉させれば親と
同じ純白花だけが得られます。

 しかし、自家受粉の場合、得られる苗の数が少なく、生育も親に劣ることがしばしばあります。野生個体の自家受
粉では、親と同等以上の個体が得られることはそれほどありません。
他の系統の血を入れたほうが、その後の交配を進める上で有利になる場合が多いです。

それなら他の系統の純白花と交配すれば良い。そう考えるのは当然です。

しかし、他系統の純白花と交配した場合、子供は純白花になるとは限りません。

 色素を作るときに必要な遺伝子は複数あり(*注)、系統によって「壊れている遺伝子」の種類が異なります。
交配相手がたまたま同じ(もしくは働きが同じ)遺伝子が壊れている場合には、子供はすべて純白になりますが、
異なる遺伝子が壊れている場合、交配するとお互いに補完されてしまい、子供はすべて有色花になります。

(*花色素については、ネット上にも数多くの研究が発表されています。詳しく知りたい方は「アントシアニン」
「生合成、酵素、花色、遺伝子」などのキーワードを組み合わせて検索してみてください。

 遺伝のしくみを理解していないと、「純白と純白を交配したのにどうして並花が !? 失敗だ、捨ててしまおう」
ということになりがちです。しかし、この場合、子供の見かけは有色花ですが、純白になる遺伝子を2種類も隠しもっ
ています。そのため自家受粉させると、計算上は16分の7の割合で純白花が出現します。

 ちなみに、「白馬」は遅咲きで、沖縄系とは1ヶ月ほど花期がずれるので、沖縄系の大輪花と交配するには開
花調整が必要になります。








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